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5月16日(金)先負・丙辰・二黒・閉・鬼・亢・伊豆下田黒船まつり・大津三井寺千団子祭・(八専)間日・一粒万倍日・不成就日

 「地震鬼」と書いた白紙を大地へと置き、
 そこに七星剣を突き刺す。
 土色の血を感じたなら、剣を鞘に収め、白紙を焼きて、灰を地中へと埋める。
 その上に、要石か、水晶を置いて。

 そして、新たに「四川省・龍門山断層」と書いた黄紙を同位置へと、中国の方位へと向けて、立てて刺す。

 一呼吸後、地脈へと向け「地脈護り」という自製の護符を、黄紙の手前へと置き、合掌。

 香を焚き、左右へと、二龍を描く。

 「龍門山断層」の方位へと、時計を向け、この時の如く、正常なリズムを刻みたまえと、断層に対し、うながしていく。

 波動の乱れに対し、調整の念を送っていく。
 いや、この念は、容易に届くものではいかもしれない……。

 ならば、一匹の蟻を探し出し、その蟻へと使命を与える。

 我、汝に旗を持たせる。地脈、断層の時を正常へと戻す時計を背負う調整士として、地へと潜り、四川省を目指すことを。

 その背へと向け、正常な時を背負う(今閃いた)符の模様を指で書き、時の調整虫として、地へと戻す。

 小さな穴を開けて、その中へと、時の調整虫を。

 地中調整虫。式神の如く、我は、この手から、汝を放つ。

 最後に、黄紙、「地脈護り」に鈴を振りて、四川省の地の厄を祓っていく。

 榊に水を溜め、紙の前へと、水滴を四十九滴、垂らしながら。

 題「四川省祓いの儀」




 

5月15日(木)友引・乙卯・一白・開・井・角・京都上賀茂下鴨神社葵祭・一粒万倍日

 水曜日発売少年サンデー「名探偵コナン」
 夜光虫のアジトで読みながら薫葉豊輝は考えた。
 今回の伏線を拾うと、前回の手法は違うなと。

 割れた鏡=その意味から=これは新一に顔を見て、記憶を戻させないようにする心理行動では?
 そして、新一は脱出し、あの森の番人に化けた?(最後のシーン)
 そして、警官を襲った番人の方は、屋田少年では?
 彼は新一を監禁し、鏡を割っておいた=記憶を失った人に鏡を見せると、顔を見ているうちに、記憶が戻ると深読みしたのでは?

 警官を襲う心理=銃。服部の御守りは、警官が、森の番人に御守りを見せて、それが新一ならそれに反応すると踏んだ。
 しかし、警官が襲われた=番人は、銃を欲しがる犯人と推理。

 となると、犯人は、屋田少年?

 新一に扮し、犯人となって、新一を犯人に仕立て上げたのでは?ゆえに服部がいう「今回の犯人は工藤」と指摘するのは、そこにいる工藤は、本物の工藤ではないから(つまり屋田少年の扮した工藤=記憶を失っているため、扮しやすかった?新一ファンだったため、整形までしたと推理)
 しかし、屋田少年の父も番人だった気もしますが。(二人存在か?)
 後、サンデーが手元にないため、人間の相関図から導き出す(過去の事件の)推理まで及びませんが確か以前出てきたメダルとか色々絡むでしょう。(紐に何かが付着し紐を処分した?)
 いや、紐が付いていたか?忘れたのでその件は、スルー御免!

 が、新一の扮装は、欄の「まるで新一でないみたい」という台詞と、監禁場所の「割れた鏡」という伏線から推理の起点に到れたと思います。

 しっかし(松井涼子さんの出演された)「新科捜研の女」もコッていますが、コナンは、コリコリ・ミラクル?で、私は眩暈がしそうです……。

 心と頭を透明にし、自然界、神の気と同調したいけど、社会悪が私を呑みこもうと、魔の手を(ショッカーと共に)差し伸べてくる。

 ゆえに、縁起の風を浴びる意図と、15日ゆえ15日参りに「吉備津彦神社」へ行き、魔を祓い、神秘眼を得られるよう、気を整える。

 自然界の気を得て、魔を祓わなければ、私の占術を待つ人達にせよ、占術のカンを受ける受け皿として、自分がなれないので、縁起を開運のヒントを求めに来られる方への態勢は、常に整えておかねばと思う今日この頃の私であります。

 つまり、そういう姿勢をモード・レベルでも持って(切り替えられるほど習得できれば一つ上ですが)いないと、真の(未来に続くよい選択が進む)通りを見通す目を磨けないと思うので。

 何か気分が優れなかったり、曇っていると、やはり、その占術家という器としても、よい波長を受けられず、未来のビジョンが見えない気がするので。




 

5月14日(水)先勝・甲寅・九紫・収・参・軫・島根出雲大社祭・七尾大地主神社でか山祭・水星が東方最大離角

 某宝石メーカー様と動いている占術イベントの人気が上がってきまして、先日、イベントの際に、私に来て欲しいという指名が三件続けて入ってきたので、あぁ、雑な仕事をせずに、誠意を尽くしていて、よかったと皐月風。

 エリア的に大阪まで入る区域の中で、私以外にも占術家は多数いるとは思うのですが、かなりのベテランの方は、同日に別会場に行かれると仮定し(つまりその大物との競争ではないでしょうが)、私が出向いている岡山、四国(上半分)、鳥取の三県の中で、一度行った企業、会場から、再び声がかかることには、心から感謝せねばなりません!

 どんな世界にも競争があり、そこで一歩抜きん出るためには、相当の運と努力が必要となってくると思いますが、それだけに私は、今後の展開を考えた時、さらに縁起を担いでいく必要があると、東に一礼。

 先日。神社に参っても気分が優れず、某店で夕飯を食べて店を出ようとすると、扉が開かない事態に遭遇した際。
 あぁ、珍しく店内でよからぬことを考えていた。
 それがこの事態を招いたか?
 もしやこれは、天からのメッセージではないか、そう推測した。
 
 人は、人の影響を受けやすいから、その日エキセントリックな人と会うと、大小あっても、影響を受け、一日二日は、おかしくなっていることってあるでしょ?

 私にせよ、考えるとここ数日、他にも色々とおかしなことが起きてしまったので、その原因となったある人の波長、そしてその人の背後にいる霊?か何かが私に憑依していたのではないかと思い、改めて自身でそれを祓い、いつもの自分を取り戻せた私!

 すると、その途端、良い知らせが届きまして、やや途絶えていた運が戻ってきた感!

 やはり自分の目、カンこそが、一番信じられる!
 何て自分は判断力がいいんだと霧が晴れて、体勢を整える。
 
 さて、運も戻ってきまして、途端、仕事の依頼も続けて入ってきましたので、私が思うに。

 人間は、物理的限定性を持つ側面とは別に、何でしょうか、霊魂を受ける受け皿という側面も、存在するのではないかと気付く。
 物理的生命としての機能には俄然、負けてはいますが存在はするのでは。

 つまり、何らかの霊を、自身に引き寄せたり、降臨していただくためには、こちらの方も、ある構え、姿勢を整えていなければならない事に気が付いたわけです!

 清涼な姿、雰囲気、姿勢など、何か、心身の方も、そういう状態の時は、こちらに近付いてくる霊魂の方も、良性、良質な気がします。

 反面、魔的な格好や、魔に支配された脳内だったりすると、魔的な物が降臨してきて、脳を侵していく?

 ただし、周囲に清涼な(山)木々、海などがあったり、畑を持っていて土から直に食べれるような自然と近距離の環境にある人は、木々や、食べ物等が厄を吸い取ってくれて、相殺されると私は推察しています。
 自分の住む土地の樹木は、厄を吸収してくれるという私論。

 ゆえに都会人ほど、厄を直に受けてしまう。

 この間、何かが降臨してくるものを深夜に感じたけれど、それは財神でも文学神でもなく、私の感触では、キラキラと輝く何かが来て、私に憑いてきた物や厄を祓ってくれた?そんな感じがした。
 ゆえに、目覚めもよく、その数日は、縁起のよい事が、ホントに続きました!
 おそらくは、数日ほどで、その霊か何かの神仏は、私の元を離れてしまった感じですが(期限宿なのか、気まぐれなのですね)。

 その体験から、何かを受けるためには、こちら側にも、その体勢、受け皿が無いと駄目だと悟った。

 つまり、この身体を器と考えると、その降りて来ていただく誰かと、波長から何かが、相応しい器となっていないと駄目だと言いますか、心構えが問われるのでは?そんな予感が。

 今までに一番、大いなるものが訪れたと感じたのは、昨年の選挙前日の私がいたお店でしょうか。
 何か、明日、ここに大いなる何か、神か霊かが、訪れる予感がして、その空気を感じました。

 その清涼感、清清しさは、伊勢神宮の空気に似ていたんですよ。
 不思議な話ですが。

 それを感じた私は、それまでも祈願蝋燭を焚いて、拝み込みをしていましたが、お店のスタッフとともに、できる範囲内で掃除をしようと提案し、特に重要だと思う店内にある大鏡を拭きまして、玄関には塩を撒き、さらに水撒きをして清涼な空間作りに努めた。

 そう、大いなる何物かに対して礼を持って迎え、自然とこの器の中へ入っていただけるよう、神の巨大な靴?か何かでも入れる靴箱のようになるよう、願を掛けて、浄化していったのです。

 翌日。
 駄目かと思っていた当時の姫オーナーは当選した時。

 やはり、私の感じた、何物かが、ここに来たのか?
 そして、姫は、その大いなる何物かに選ばれたのかと、直感したものです。

 その大いなる物は何物かはわかりませんし、どこから(伊勢からなのか、エルサレムから来たのか?)神か何物かもそこまではわかりませんが、何かそういう凄い霊が、オーナーに憑依して、運を得たのかもと思った事を今、思い出しました。
 妙な話ですが。

 気になる物全てに、呪祓いをしていきこの空間は、確かに聖域まで高まりましたが、それは形で、本人の過去の問題は、良いところは評価され、悪いところはそれなりに、何かあったとは思いますが。

 しかし、その時、運を得る人というのは、大いなる何物かが到来し、人間の背後へと憑依するのではと開運法を閃いた。
 それは生年月日の強さだけではなく、本人の信念や努力で降臨する予感。

 生まれながらに恵まれた人は、生まれた時点で憑依され+星や先祖の基盤もあると思いますので、今触れていることは、星や先祖ではなく、自身の努力次第でも、凄い霊が憑依して、その人に運を与えると、私は最近、考えます。

 だから凄い日に生まれている人ばかりがスターにならず、非常に悪い星を持った人でも努力で成功できるのでは?そこに努力+何か大いなる霊が一枚噛んでくれている?
 
 私の(当時の店の)オーナーだった姫の場合は、色々な理由があるとは思いますが。
 地位が来た時は、縁起が引き寄せた一面もあると思います。

 その中で、私の投じた縁起力も、十分の一ぐらいはあるのではないかと?

 その頃からでしょうか。

 自分にせよ、縁起を担がないと、運を上げていくののは難しいと考えるようになりまして。

 トリックとかを考えて、物を書いていく事は、霊界や神界サイドから見ると、余り、微笑ましくはない行為かもしれないと緊張。

 そこで、生き方を改めねば、人間改革せねばと、開眼。(おっ、今、日が急に射してきたので、やはり縁起力はあるかもしれない?)

 でも、そう簡単には、全てを変えるのは不可能なものです。

 そう、それぐらい人間とは、自由度を与えられた器。
 そこに、どんな霊を受けるかは、その人次第。

 ただ、厄を得たり、小さな悪さをしても、自宅周辺に、一族を守護する樹木などがある方は、呪や厄を受けても、樹木が吸い取ってくれるでしょう。

 しかし、呪を招く力は、変わらない。第三の力に助けられているのですから。
 反対に、縁起を生産する人もいるので、そこまで行けば縁起力も相当な規模のような気がします。

 さて、私の場合は、コンクリに囲まれた環境にいるので、かなりの呪を招く、生産する行為に対しては、深刻に考えねばならないと、縁起修正を年末からしていきました。

 結果、私のカンは当たり、それがプラスの効果を及ぼしていきまして、占術の場でも、色々な角度から開運アドバイスをしているせいか、良い鑑定が出来ていると思うのと、お客様の反応が、格段と向上していった。
 運勢。そして、今いる物理的空間から読み取る事象、そして現象。

 鳥が鳴けば、その時の方位や、その暗示を読み、犬が鳴けば、その暗示を紐解く

 それに、縁起を担いで、色々と行っていると、的中率も徐々に上がってきましたし、自分で、向上の跡を実感できるようにもなりました。

 今後、さらに手法が増えて、私を呼んでくれる場所、舞台も増えていくような予感さえもしています!?

 開運方法と占術。その二つの分かれている占術界。
 その中にあって、その二つを再度、融合させる事を試みていきたい。

 星の原理を、太陽の軌道とし、その周囲を回る星々を、開運の方法(呪法等)と捉え、二つを万有引力の如く、最良のバランスで調合していきたい。

 縁起という新しい父親の籍へと入り、縁起系占術の道を、習得できる日まで、歩んでいこうと思う。

 この大地という名の母親の上にて。

 関連し、ブログネタ「母の日、プレゼントは何にする?」

 何が、いいだろう。
 大地という名の母親の前で跪き、口付けというプレゼント。
 それを、熱く贈ろう。




 

5月13日(火)赤口・癸丑・八白・成・觜・翼・(八専)間日・五相伝・月が土星の南2゚を通る

 ブログネタ「若者の海外旅行離れ、どう思う?」
 大地震シーズンだけに、今は、静観する時でしょう!
 主に中国方面に行かなかった方々は、運がよかったのではないかとは思います。


 さて、大地震が来ると、いつも思う事がある。
 地震の頻繁に起こる土地に生まれた人は、例えば、生まれる前に「あなたは、X年X月に地震に遭遇する宿命を担う。それはこれまでの因果から、その年のその時期に厄を受ける刑を処す。それを逃れたいなら同等の別の災難か、災難の分散人生を負うようになる。ゆえに開運師に出会ったなら、よくアドバイスを聞く事」
 そう神官に告げられ、そこで、もっと(前世は)よい人生を送るべきだったと後悔するような映像が脳裏を過ぎる……。

 事故も火事も、遭う人と遭わない人。
 そして遭う頻度の多い人、少ない人がいるだけに、この世はプログラムされているのではないかと、創造主の視点から、この世を俯瞰してみると、この世の伏せられているものが、少しでも見えてくるかもしれない?

 十二日に中国四川省で起きた大地震。看護の日に起きたのも、皮肉すぎて胸が痛い。

 と、先日、三ツ星寿司職人の次郎さんをTVで拝見したのですが。

 職人に成りたての頃は、職人一不器用で、シャリを上手く握れなかったと悔しそうにお話されるその姿を見ていて、もし当時に、私が占術家として次郎さんと出会っていたならば、
「できるだけ、指を器用に使わなくてよい仕事をされた方がいいと思います。
 それでも料理人になりたいのでしたら、指を使う技量のさほど問われない料理のお仕事をされて、できるだけ自分の身体と適合したお仕事をされた方が、自然と仕事も認められていくと思います」

 そのように、お伝えしていたと、思うのです。

 やはり、それほど手先が不器用だと感じられるのでしたら、その道を行くのは、確率的に険しい道だと判断できますから。

 それは、足の遅い方に、陸上選手を勧めない理屈と同じだと思うんですよ。

 しかし、次郎さんが一流になれたのは、職人として、時間に期限が設けられていないために、大器晩成されたのだとは思うのですが、陸上選手が、80歳で名人になる事がないように、やはり寿司を上手く握れず、上手く握れるようになるのが、一番遅かったと言われる時点で、その道は出来れば、回避された方がよかったのではないかと思う私です。

 最善の選択をする方が、成功に到る道も華々しいでしょう。

 トークが苦手な芸人見習いの方がいるなら、やはり、別の道を行く方が、成功できると思いますし、ピタッとくる席もどこかにあるはず!

 料理よりも、おしゃべり好きな料理人の料理には、さほど期待はしませんし、それならば得意な弁を活かせる接客業、営業マンとなって、商品を、とことん宣伝しまして、お客を説得、魅了されていく方がよいのではないかと思うのですよ。

 向き不向きの法則と言いますか。
 無論、次郎さんは、人の何倍も努力した、その不屈の精神が功を成したので、私如きが指摘するのは生意気ですが、最初に述べたように、若い時に出会っていたらのアドバイスです。
 それに、そこまで不屈にやれる人は、なかなかいませんし、確率的にも、私は、そう思うまでです。

 つまり、次郎さんは、例外中の例外ではないかと?

 物理的問答はこれくらいにして。
 四川省の大地震。
 四川という言霊、シンボルに厄が来た感。

 ここで名前を「五土省」と変更し、厄を逃れる方法を試してみていただきたいと思う所存。

 阪神大震災の際、神戸三宮の「5時45分」という喫茶店のみ、被害を免れたそうですが、5時46分に起きた大地震に対し、その空間のみ一分前で地震と同調しなかった?
 そんな奇跡か偶然かはわからぬ出来事が(10年ほど前)TVで報じられましたが、私はそれを見て、名前を変えれば、厄を避けられる(幸運の場合は消滅?)可能性があるのではと閃き。

 時々、名前や名称を操作していく事で運命も変えられるのではと予見。
 同時に、同じ月に、名前のよく似た地名や、人に災難が来る法則も私的発見した。

 その方程式を今回の地震に移行すると、子の年の五月(丁巳)「四つの川」というキーワードが重なる時期に、過去、大きな災厄が訪れていたような気も?

 四つの川で思いつくのはエデンの園の源流だけど、そのキーでは今一つ迫れず。

 四川を変えれないなら「四奉省」とか、天地に奉じる語念を込めるとか。

 巳と今年の子は相反する相性だけど、来月の午の月の方が、気にはなる……。

 これは、おそらく、西洋的に、(1995年の阪神大震災以来)13年ぶりに星座移動をする冥王星の東洋的な暗示は、亥と子の年に移動しやすいサイン?

 で、特に子の年の5、6月頃は危険月?(巳午=子と最悪の相性=天星も星同士が凶の配置?)

 特に星座をまたぐ6月14日が危険日ですが、東洋的に解釈すると、まさに子の年の午の月に、星同士は、凶の配置に。

 鶴と亀?が滑るが如く今年の6月は天地反転(子午線、即ち子午が向き合う12年に一度の)難儀な星(干支)の配置?

 さらに6月13日は、13日の金曜と来ている!
 10日に入梅で季節は動き、翌日は午の日。14日は旧暦5/10で今年の新暦で地震が多発した数字と相似。新暦5/10の火星の獅子座入りも地震に一枚噛んでいる?
 6月の半ば頃は、危険サインが集中していると解釈。(羊月となる七月初旬頃までは)

 「四川省」の言霊よ、汝の居付く場所を今、離れたまえ!
 そして、その土地を「四奉省」と改名祈願させていただくことをお許したまえ。

 大地の主である地の神、雷の神よ、地の底へと戻り、怒りを鎮めたまえ。

 新星、呪術縁起元年。
 黄河にて土(戊)の神と水(子)の神の混血児が、生まれる前兆であるのか?
 新たな王、中国大企業の御曹司?(次世代のニューリーダー?革命家?恐るべき中国、モンゴル系の大王?)

 一人の祈りは届く術は無いかもしれない。
 が、地の神よ、眠りたまえ、地中にこそ、地の神にとっての恵みはあり、住処があるはず。

 四川省地震留め祈願を記した蝋燭を焚き、香を神像に当てながら、亜細亜「要石」を、四川省の地下へと造営する念を送る。

 ふと、地震が一つ来たら。
 地震符を作る天啓を今、閃いた。

 一つの地震に対し、一枚作り、その護符にて、地震の熱を吸い取ってもらう。
 地震避けのサインを思案し、中央に黄泉の扉。

 地震エネルギーよ、黄泉へと戻りたまえ!

 平成の呪術師は、災厄を前に、それに対する縁起返しを、一つひとつ開発していくことで、己の存在を、実存の位置へまで上げていく。

 平成呪術職人、薫葉豊輝。

 あらゆる災難に対する開運法の存在しないこの世にあって、難を前に、腕を組む。

 縁起二十四法。

 そしていつの日か、地震返し、地震鎮静の法を発見する日を、遠くとも夢見る。




 

ドラマ評「瞳」

 本物語は、里親制度をテーマとした若い女性の成長期。

 今回の特色は、ヒロインの祖母の死によって、里親を維持できなくなった祖父の住む月島へとヒロインが引っ越すことにより、祖父を支えながら三人の子供たちの里親(+ダンス)をやっていく奮闘記。

 さて、池中玄太以降、西田敏行さんの適役は余り無いと思ってきた私。
 「瞳」を見て、その意図がわかった!
 それは、怒り親父と甘い親父。この二面を宿してこそ、この人は光り輝くという役者の特性!
 そう「釣りバカ日誌」では、本気の(親子)喧嘩がないから、西田さんの最高の味の出る怒鳴りシーン(暴言、口調、雰囲気)を画面に出せず、どこか消化不良だった。
 だって、池中玄太の美味しいシーンは、雑誌のキャップと喧嘩をするシーンと、三女を抱きながら甘い顔と声で鶴の写真を見せるシーンだと思うからです。

 ゆえにこのドラマは池中玄太以来の適役だと分析!(ホント、喧嘩役、向いてます)

 そして「ちりとてちん」と比べて、人間の描き方、社会の描き方が一歩踏み込んでいる。
 確かに、内容、面白みは負ける。が、「瞳」は、里親制度を真剣に描き、「ちりとて」では触れなかった人間の暗部、陰陽の陽ではなく、陰部、社会の暗部を描こうとしていると思う。

 瞳が、里親制度の事前講習会に足を運ぶシーンにせよ、これは素晴らしくよく描けていました。
 例えば、「ちりとてちん」に、落語家になる前の心構えや、厳しい勉強会にヒロインたちが出席して、こてんぱんになるシーンがあれば、影を描いたと思いますが、始終、四人の団欒や、四人だけの稽古で、時々出てくる孫権も、落語とは関係ない、喧嘩をふっかけてばかりなので、現場の全貌が描けていない点が物足りなかった私。

 しかし「瞳」は、ヒロインの一日中、全貌が描かれ、しかし、よくここまで頑張れるものです。
 ダンスにバイト。里親。しかも祖父には、いい加減にやるなとか、約束守れとか、自分の抱えるものだけでも手一杯なのに、それでも最後まで反抗せず、倒れるまでやったものです。

 その倒れる過程もよく描けていました。そして、電気屋さんの台詞に名言が多かったのも上手い。
 私が同じ脚本を書けと言われても、「私がこの町のアンテナを立てていった」「かって電気屋は町の誇りだった(光りだったか)」なんて台詞は出てこない。

 役者も豪華ですし、これまでの中でも出没する場所が多い。
 ただ、数が増えても、肝心の瞳と、内面に及ぶ関係が深まらないと、空回りする論理も控えている。

 例えば、有機的な場所、無機的な場所があり、「どんど晴れ」のイーハトーブがそこまで有機的ではなかったのは、ヒロインとの関係がそこまで濃くないから。

 有機的な場で思いつくのは、「ふたりっこ」の通天閣の地下の将棋場や、「やんちゃくれ」の「餃子屋くうにゃん」「まんてん」の道場。「ファイト」の馬小屋。「風のハルカ」の「風のレストラン」「さくら」の豆腐料理「<俺>鳴門」(あの店で立ち退きを強制されたか何かで外人達が日本で頑張ろうと闘い、かつヒロインが言った台詞にはジーンと来ました。イーハトーブにも店の危機があったらおそらく盛り上がっていた気が)。
 どうもドラマは、何か展開が無いと、平坦だと、その現場は、日常化してしまうメカニズムがあるようです。

 ゆえに「瞳」も、居酒屋、もんじゃ店、月島食堂、ダンス教室、ローズ、北海道の実家、子供たちの学校と、凄い数の主要現場があるので、力が分散される事を危惧している私。
 そのせいか「どんど晴れ」のような旅館と実家とイーハトーブの三点集中型のように濃く深い人間関係を描くのは(半年では)時間的に無理だと喚起。

 それぐらい「どんど晴れ」は濃厚でしたから!
 現場が(旅館と)地味なため、題材として見劣りは(即ち損を)していたとは思うものの、酷のある珈琲に匹敵するほどの秀逸な脚本であったと私は思います。

 一方「ちりとて」の方は、題材の時点で得をしているものの、人間の濃度、内面の描き方は「どんど晴れ」には叶わなかった。
 誰も、どこか陽気で表面的な言葉を口にしてしまうので(時々母が真面目なことをいう程度?)。ただ、むちゃくちゃ面白かったことは確かです。

 さて「瞳」にも名言が多く、「もんじゃは国連の認めた平和な食べ物です」とか、もんじゃを食べさせる際に、紙芝居をしてみせたり、演出も凝っていると思います。

 ただそのシーンと大筋のテーマが絡んでいないため、効果が出ていないので、直接人気を上げるまでに至っていない気もしますが。

 例えば、瞳のダンス仲間に、子育てをするヤンママとかがいて、その一家と遊ぶ過程で、その家がもんじゃの店をしていて、そこで、盛り上がり、陽気な家族が紙芝居をしながらもんじゃを焼いてくれるとか。

 そうやって、土地建物とテーマを有機的に結びつけた時に、ドラマを観る人は、面白いと感じてくると私は思うので。

 無関係の場所を複数用意して、ドラマを華やかにしよう、こういう変なキャラを登場させようとすると、以外と、上手くいかない。

 それに(過去、とにかく変わったキャラばかり考えた割には、受けも少なかった私は)、ドラマで惹き付ける効果は、関連性だと悟ったわけです。

 何でもない場所でも、何かヒロインにとって大切な場所、意味のある場所となると、その瞬間、その空間が光りだす。

 脚本家の方は、瞳に、大きな荷物を背負わせすぎたかもと思います。

 里親とダンスという二つの関連しにくい重荷。
 やはり、「ひまわり」のように、一つの道に打ち込み、それだけで半年描く話にした方が、中身を描けたのではとも思ってしまう五月晴れ。

 里親の問題に、首を突っ込んでいき、色々な現場に出向いたり、そういう場面を期待したいので。

 「ちりとて」は、ヒロインの人生というより、男たちを応援する話だった反面、「瞳」はいつものヒロインだけにスポットを当てた、ヒロインが活躍する物語に戻っただけに、ヒロインが、まっすぐ、この社会に存在する里親制度という問題に向き合う姿を見たいのです。

 テーマがいいだけに、本当に今後の展開に期待したい私であります。

 ガンバレ「瞳」

 君の瞳に乾杯!




 
5月12日(月)大安・壬子・七赤・危・華・張・八専始め・カシオペヤ座RZが極小・上弦

 岡山市民会館周辺でのイベント当日。
 ジャニス・ジョップリンの生まれ変わりだと豪語する(ジャニスの死んだ年に生まれた)女性を鑑定する事となり、いきなり彼女が、お兄さん、ノートを出して書き留めてというので、メモ帳を出すと、何やら台詞を口走る。
 それは彼女の自信作の詩だったようで、この言葉凄いっしょ!
 と輝く瞳がオーシャンブルー!?

 考えると私も似たフレーズを考えたことあるな。しかし、この文芸道はそれほど(激戦区かつ)険しい獣道だと思うので、詩を書くなら「大朗読」や「詩のボクシング」などはご存知?

 何ですか、それは?
 では、その道を行かれるなら、是非、世界の扉をノックされる事を。
 研究や芸の披露をしても、メディアがスポットを当ててくれる事もそうないですが、まず一歩踏み出されてみては?
 だけど、わが道を行くジャニスだから、己は己でやっていくのでせう。

 さて、治癒力を込めた御札も作ってあげる運びとなり、書いている間、園内で行われているライブ演奏を聴かれてきてはと促していると、そこに詩人のユキオ嬢が来たので、詩人の霊魂が木霊(こだま)しあったのか、平成のジャニス・ジョップリン?

 一方。祭りに別のブースで参加しているK・トシコさんから詩、俳句に関するある計画の相談を受け、周辺は、俳句や詩で盛り上がっています。
 それには(映画評論家の福間健二監督)映画「岡山の娘」(5月23〜25日 天神山文化プラザ1階ホール・当日1000円/前売800円)で、撮影を担当された(岡山映画祭のサブ・リーダー)大西さんも絡む予定らしいので、面白い匂いがしています。

 さて映画「岡山の娘」には詩人のユキオさんも出演されますので、金曜日(4時か7時の上映)に行く予定の私を見かけたら、一声かけてやって下さい。

 イベント終了前、机の周囲を清めていると、最後のお客様が来られたので、あぁ、この人は清い人だなと思った。
 場や空間は、それに相応しい人、空気持つ人が磁石のように引き合うと思うので、これだけ清めて、呪文も唱えて清涼な空間になって現れただけに、清らかな人だと思い、こちらも塩等で清めてから、対応する事に。

 この街を、上手く活用して、歩くだけで「楽しめるまち」作りをしようと立ち上がった「まちづかい塾」主催の「アートカーニバル」

 私もこの塾の代表者と縁を持ててよかったと思います!

 となると、ブログネタの「あなたの大好きな街TOP3は?」
 普段は街順位を付けるのを敬遠している私ながら、一位は我が街(岡山)とせねばなりません。
 二位、三位は、う〜ん。答えは、私の頭の中へとクリックを!?




 
5月11日(日)仏滅・辛亥・六白・破・昴・星・三隣亡

 幻と闘う文芸戦士たちの集う砂上の楼閣ヒルズの一角。
 言葉の葉の子孫が踊り、うらじゃの血圧、上がり出す。
 日曜日のイカしたジャンキー人の筆遊び。
 言葉のヒルズで、ヒールも硬くて陽気なネエちゃん、よく見りゃ銅像。
 視力はいいかい。
 問題ない。

 全ては言葉遊びのために捧げたシュール・クリーム。
 レアリズム・ドットコム。

 ブログネタ「教科書に出てくる人物に落書きしたことある?」
 教科書に出てこない人を自分で描いて、その人物への敬意を込めて、グッと美化して描いたことはあるよ、春爛漫。
 隣に、クラスの友だちを書き込み、一瞬にして二人は対談開始。
 年は離れてるけど、男女だから、相合傘書き足して、シュール・クリーム・ドットコム。
 岡村靖幸に負けず劣らず甘酸っぱくてネチッこい、そんな味で、OK!
 クリーミーで、後三杯は、行こう!

 「芸術は爆発だ」だと、オリジナリティがないから「芸術家白髪だ」とボキャブったら受けたうえ、教壇に引っ張られ、(爆発する宇宙の)絵まで描かせてくれた先生、あなたは、大物だ。
 十六歳。おそらく人生の頂点だった。
 空まで飛べそうなスピードで、全てがハイ、ハイ、ハイ。

 という事は文学を一齧り、二齧りしていき、暗闇と友だちとなっていったのかもしれない。

 文学や 憂鬱を連れ 戸を叩く

 時は過ぎ、私は文学の海に溺れ、「ライター会議」という船を漕ぎながら、航海を続けてる。

 地方にある砂上の楼閣ヒルズの一角を、月に一度、借りて。
 書く事の意味は常に摸索している。けれど、最近、書けない理由を挙げると切りがないから、つまり、冷静な分析はできているという事。

 書けないなら、頭を切り替え、新たな方法を実行。
 で今日の企画が「コトバ和葉派(ワハハ)遊び」

 初の試み「謎かけ問答」の時間です。

 聖火ランナーとかけて宮本武蔵と解きます。その心は「どちらも五輪を守ります」
 ブランド牛とかけて電話帳と解きます。その心は「使う所は少ないわりに厚みだけは充分です!」
 台風とかけて三浦和義と解きます。その心は「どちらも忘れた頃にやってきます」
 蕎麦屋とかけてスケート場と解きます。その心は「ツルッといきます」
 電光掲示板とかけて頭の薄いお父さんと解きます。その心は「ピカピカと光っています!」
 韓国人とかけてカーレーサーと解きます。その心は「ハングルさばきがお上手です」
 日本のプロ野球とかけてハワイと解きます。その心は「アメリカ合衆国に合併されてしまいました」
 小便小僧とかけて小島よしおと解きます。その心は「どちらも裸に自信があります!」
 以上。会のさなかに考えた薫葉のネタ。(小便小僧の句のみ事前に仕込んでおいたネタです。それと電光掲示板のネタは、会の後で浮かんだネタ)


 西郷隆盛とかけてソフトバンクのCMと解きます。その心は「どちらも犬が欠かせません」
 なだぎ武とかけて社会保険庁問題と解きます。その心は「ややこしや」
 以上。遙伸也さんの特に面白かった二点。

 孤島とかけて船場吉兆と解きます。その心は「そして誰もいなくなった」
 神戸のRさんのこのネタ。とても面白かったです!

 後、「うちの店、とっても安いんだよ」と言ってもらい、私が「何でそんなに安いんですか?」と聞き、それに対して、面白い理由を考えていただくお題と、創作四字熟語などを考えて発表していき、充実した陽気なひと時を過ごせたと、私は感慨。

 今回は、面白い試みを行ったと思っていますが、実験は、今後も続けていかなければと思っております!

 「コトバ和葉派(ワハハ)遊び」
 第二弾をお楽しみに!

 文学は、明るくない分野ですが、会の中で、陽気注射をこの時空に打ち込み、楽しい時空作りを目指したいとは思っております!

 起立、ブリッジ、二拍手、指体操、礼。

 世の中に、言葉遊び絨毯を敷いて、そこで童心へと還り、お遊戯いたしましょ、そうしましょ。

 軽大作「コトバ和葉派(ワハハ)遊び」
 第一部「完」 〜BGM「東映の波の音」〜




 
5月10日(土)先負・庚戌・五黄・執・胃・柳・月と火星(北部)が大接近(ヨーロッパ方面で火星食)

 地域の「夜カフェ」
 雨のFFカフェに入ると、お互いに、話題の引き出しを開きあい、引き出しの中の宝の小箱を交換しあう。
 話題大臣、話題姫。
 諸事情ある者たちの諸事情越えた集合意識。

 今夜はNさんの子供さんが参加され、子供の話題に祭りの話。

 Sさんが、親子新聞を作るので企画提案をしてほしいというので「親子広場」という提案をした私。
 子は親へのメッセージ、不満を10字ぐらいで書いていき、引っ掛かるコトバ、10程度取り上げ、線を引き、隣に親が子に対するメッセージ、不満を10字ぐらいで書き、やはり厳選して採用。
 最後に、それに対する編集者のコメントを載せる事で、親子双方の死角を知れ、子育ての課題が見えてくると思うのですよ。
 「親子バトル」なり「親子言いたい放題」という題も浮かぶけど無難なのが「親子広場」でしょうか。

 新聞だからクイズとかもあるといいかも。

 さて、子供の世界ではもう「そんなの関係ねぇ」は、古くなっているようで、芋洗い坂係長の時代到来の予感?

 子供といえば、この間、スピリチュアル伊丹さんの英語の生徒のハルカちゃんの相手をする事になり、今の「仮面ライダー」の内容を聞きましたが、コリコリですね。
 だけど仮面ライダーは終わらないから、ヤッターマンの方が面白いと。
 確かに、子供もシリーズのマンネリ化には、困ったもんだのダメだしか?
 
 しかし、ハルカちゃんは、かなり頭のいい子で、とにかくサプライズが多い。

 この間、スピリチュアル伊丹さんと一緒に料理を作ったというので、それを頂かせていただくことに。(ありがとうございます!)

 その際、味噌汁を人形に供えたので、「何故、人形に供えるの?」と聞くと、「さっき、この人形には魂が宿ってるって、言ってたでしょ。だから、供えてあげてるの」
 で、終わったらと思うと、ちょっと味噌汁が冷めていたので、「温めてくる」と奥へ行き、温めた味噌汁を人形に供えたので、その機敏というか、想像力の豊かさ、愛情の深さに、私、舌を巻いてしまいました。

 おそらくこういう脳の活発な子が、競争社会で勝ち組となっていくのでせう。
 無関心な子供ほど、方法論を思いつけず、出遅れてしまうのかもしれない。

 しかし、これも遺伝も大きいかもしれない。妹と性格に到るまで似ていないので。
 女の子っぽいのは妹の方だけど、ハルカちゃんは、算盤パチパチ、タイプですね。

 何だかこの時点(10歳ぐらい)で、将来出世していく姿を想像できるので、人間の宿命というものを考えさせられて、複雑な心境となってきます。

 頭のよい人は、人を使うようになり、社会の構造にまで口をだしていくでしょうから、地位を得る人は幼い頃から、知識、知恵を人一倍積み上げて、その肥やしを元に、世の中に指示していく。そんな事を、この子を見ていて思うのですから、相当のやり手?

 さて、ここ(夜カフェ)で明日の「W会議」の告知もさせていただきましたが、そこから人集めは難しいというテーマとなり、皆が、人を集めるのは本当に難しいと、色々と思いのたけを。

 特にこういうしゃべり場に出入りするような人は、多くの会合などにも顔を出し色々な人達と繋がりがある分、人に参加してと言われる場面は多いものの、顔が広いといって、サクラとしても参加するのは、実は、複雑な心境だったり、付き合いや、他の会と重なったり。
 それで新しい人探しを自分も、知人の会にせよ手伝っていっても、なかなか人を集めるのは難しい……そういう話をしていくという流れに。

 私も人集めに苦労している一人だけにその事を考えると、なかなか出口が見えませんが、同じ悩みを話しあえたことには意味があったと思います。

 さて今夜のブログネタ「脱、メタボ宣言!」
 私は、いつもと違い、レモンティをオーダーする事に。
 ここのティーはポットと、さらにそのポットに被せる帽子のようなカバー?が付いていて、保温にまで気が配れていますが、450円でその心遣いは、立派!だと思います!

 しかし、嬉しい事に、一周年記念で、FFカフェのネーム入りラムネを頂け、運がよかった!

 しかし、待てよ。メタボって、私は、メタボ対策するほど、栄養よろしくはないっか。

 けれど、レモンティーにて、心の毒を洗い流し、心のメタボを追い払いましょう。

 みんなメタボが気になるから 五月十日は脱メタボ記念日

 メタボの皆様、あきらめず、脱メタボを目指して、肉体美をものにしていって下さい!

 メタボ戦士ファイトマン!
 の心境で!

 深い意味はありませんが、五月十日は!

 メタボと闘う中年戦士達に、明日はある!




 
5月8日(木)先勝・戊申・三碧・平・奎・井・不成就日・月が最北
5月9日(金)友引・己酉・四緑・定・婁・鬼・愛知熱田神宮春季大祭・183P/コルレヴィッチ・ユーリッチ彗星が近日点を通過・木星が留

 5月8日に茨城県沖でM7クラスの地震がありました。
 私は、昨年末に収録し、1月10日に放送されたラジオ「コトバラジオ」にて、「2008年の現象予報」と題して、今年の6月までの地震の注意日を放送させていただきましたが、五月の予報は、

 5-14日が注意日で、特に5-8日が危険!
 次は18-22日(特に20-22日。27日も)と公表していたのですが、8日の地震は、やはりと眉が動きました。
 反面、ミャンマーで起きた2〜3日のサイクロンの日付に、何故4日以前かと考え、一つ思い当たった事が。

 それは、5月4日に、土用が明けて季節がチェンジ。そして、5日は立夏(私は節入り《立夏》参りに「吉備津彦神社」へ参拝に行きましたがやや気になる事が)。

 立夏の前日に、すでに土用明けで、ここで季節が動いているわけです。
 季節の変わり目は、地震の起きる時期(さらに、土用は、土が大地が振動しやすい時期)。

 そこから、この4日前後も、注意日と数えるべきだったと、反省。

 しかし、地震の注意日のスパンを長く取るのも、予知をする側として、スマートではありません。
 そう、やはり、この日に来ると、当日を当てるほど格好がよいでしょう。

 そこで私は、5月は、特に5-8日が危険で、長く見て、14日までと賭けに出たわけです。

 15日以降は、20日の満月までは、ひとまず落ち着くと思います。予想に過ぎませんが。

 しかし、5月は大地震が来る可能性のある月ではあります。
 それはノストラダムスも触れている事で「太陽がおうし座の20番目にある時」(5/10頃)に、天災がある事を予言していますし。(あぁ、今考えると私の推測も、年末の時点でこれを参考にすればよかったかも?)

 ただ、木星、水星が雄牛座、金星は蟹座にある時期というので、地震があっても、ノストラダムスの説く巨大な天災は、今年ではなさそうです。

 しかし、地震という天の定めた宇宙の理。

 人は、その前で未来永劫、無力な子羊であるならば、子羊は子羊らしく、宇宙と同調し、アンバランスの流れを修正していくのが理想。
 けれど、煩悩多き私には、とてもそこまでの信念が無いので、一歩ずつ宇宙の波動に、美しいメロディを届けることでしか、調和を示せない。

 某雑誌で女性写真家が「私は被写体に、悪い波長を送らないように映す。そうしないと物でも良い雰囲気をしてくれない」そんな風に語られていましたが(今月号の女性誌の立ち読みゆえ誰かは不明)、波長も意外と、天地に通じる。
 そんな風に思うこの頃です。

 地震止めのために、今夜は、祈願の歌でも唄いましょう!

 さて、ここで、ブログネタの「カラオケ18番教えて!」

 「失くした1/2」(Ozaki)を唄うことにします。

 地震よ地震よ、地震の気、地震の種さん、大地の底へとお戻りください。

 世界の底こそ、あなたの住処。

 私が大地へと書く五芒星を合図に、その星の中央の瞳の図からさぁ、お家へお帰りくださいませ!
 
 地の底へと!

 風神、雷神も、鎮まりたまえ。

 壊れた扉の中へ、お戻りください。

 壊れた扉の中へと。

 さすれば、壊れた箇所を修正する祈りを、今、私は、行っていきます!

 割れた大地に対し、その箇所を塞ぐ祈りを!

 扉よ、閉じよ。

 それが成功したならば、その暁には、ここに、封印の紋を大地へと刻まん。




 
5月7日(水)赤口・丁未・二黒・満・壁・参・おおぐま座Tが極大・月が水星の北2゚を通る・月と準惑星セレスが最接近

 手を見つめ、この手でしてきたことを、物思う。
 叩いた者(物)、壊した物、盗んだ物、つかんだもの。
 掌とは、大罪の棲み処かもしれない。
 同時に、この中にお宝が眠っている。
 線をたどれば、そこに刻まれた人生の行路。
 荒波を越え、一人の生命はひとすじの道をゆく。

 手相。
 考えると、何故、生命線と頭脳線の起点は同じなのか?
 生命と頭脳は一心同体ということか?

 ある日、神の気まぐれによって、頭脳船と生命線が入れ替わってしまったら、手相観は、廃業だ。

 生命線は、親指(父)と、人差し指(母)。
 その二つの親の指の間から始っているから、両親から生まれた生命を意味する線となったのだろうか?

 そして、起点に乱れがある者は、祝福の度合い。
 それが低いという解釈もあるだろうか?

 掌をじっと見つめ、掌に、神よ、降臨したまえと、祈る。

 ふと、空気が変わり、何かがそこに乗るような感触を受けた。
 その神(霊?)から受けたインスピレーションは、自身の掌(手相の箇所)を蝋燭に当てて、さらにその蝋燭に、手相の三大線と障害線を書く。

 そして、蝋燭に息を三度吹きかけて、これまでの罪を蝋燭へと移し、あるいは、悪運を背負って生まれてきたとしか思えない自身の線を、蝋燭へと移して、火を点す。

 そして、その火を用いて香を焚き、その煙を、生命線に沿うように当てていく。

 線浄化の儀。

 ふと、(私の先祖のいた土地で最も大きな)某神社にて新年に購入した数珠(腕輪)を掌に置いてみる。
 水晶にその神社名の書かれた箇所が(一箇所だけ)あるので、そこが生命線の付け根にくるよう生命線に沿って重ねるように置いてみる。
 すると、途中にある左右一つずつの青い玉が、目のように見え、その数珠が何か顔のように見えてきた。

 何かが今、そこに宿ったような感。

 さらに不思議なことに、その青い玉の位置は、私の発展時期を示す手相の線と重なった!

 生命線の上に重ねた数珠を凝視していると、何だろう、私の宿命(生命)線の上に、その水晶の数珠が、第二の新線として、誕生したような気がした。
 しかも、この線は円を描いているので、生命線の付け根と終了点が繋がっている。

 手相の三大線は、そう変わるものではない。

 しかし、今夜閃いた手相浄化(あるいは改変)の儀(上記した蝋とお香の儀を終えた後も、時々数珠を手の線に重ねて当てる儀)により新たに与えられた神社の数珠による第二の新線とは、先祖が私へと後天的に与えてくれた贈り物(恩赦)なのだろうか?

 手相の線上に、第二の線を数珠を当てることで、作り出すという呪術。
 私は、面白い閃きを得られたと思う!

 無論、それは虹の如く、短期間しか人の軌道を変化させることしか出来ない。そんな程度の付け焼刃的な開運方法かもしれない?(宿命は定められているだけに)

 しかし、ひと時でも夢を見られるのなら、幸福を味わえるのならば、それを試したい人はきっといると思う。

 それほどに人生とは、峠のように険しい道のりを歩いていく道中記。

 人の幸福を生み出すために私は、術の開発を摸索してゆこう。

 そして、相の研究を始めた約三千五百年前の中国の先人達に、大きく敬意を込めて、礼。




 
5月6日(火)大安・丙午・一白・除・室・觜・みずがめ座η流星群が極大・カシオペヤ座RZが極小・月の距離が最近・月とおうし座17・エレクトラ(プレアデス星団)が接近

 数年前、明日行われる重要な(文学の)会合の前に、気持ちを入れ換えようと、部屋を掃除していると、黒と紫色の和服を着た女性の形の紙人形が出てきた。

 ふと、旅行先で購入しつつも、帰宅して見ると、ちょっと不気味な雰囲気がするから、押入れに仕舞いこんでいたんだと、思い出す。

 掃除の際、再発見した途端、何故か、気分が悪くなったうえに、吐き気がしてきて、もしや、これが今日出てきた事に、意味があるのかもとヒヤリ。
 即、人形を封印した。

 何か、私にとって相当、相性が悪い。又は、私の気分を悪くさせる、つまり私を抑圧するような人間が近々(もしや明日)、出現する事を暗示しているのかもと過ぎった?
 しかも、どこか、この人形に似た人物(女性)?
 その人の念が、この人形に飛来し、今日出てきたのだろうか?

 翌日、私はその(文学の)会合にて、その人形の面影を持つ女性と、初めて顔を合わせた。

 やはりあの人形は、今日の出来事を暗示していたのでは?と喚起。

 厄の到来?

 確かにその日の私の立場はよろしくなく、私は悪い立場となってしまった。

 無論、何もかもその女性に原因があるのではなく、私のカンでは、その方に憑依された霊か魔かが私を苦しめたような気がする……。

 しかし、その人形に似た方とも縁が遠ざかった今、やはり幸運の人形を探す事が開運の道だと思う。
 無論、人の操作以上に、縁が来る時は、向こうから来ると思う。

 店頭か贈り物かはわからない。
 縁起の見極め方が上手くなった分、強くそう思う。

 だからブログネタの「どこでもドアを一回だけ使えるとしたらどこへ行く?」

 新天地へと行こう!
 夢の花が満開に咲く新世紀の桃源郷を目指して!




 
 エッセー


 昔、合コン会場に、ミュージシャンとして呼ばれ、エレアコ(オベーション)を弾き語りながら、自作の歌を披露したのですが、その時、モテたこと、モテたこと。

 合コンに初めて参加したけれど、呼ばれた立場ゆえに、おもてなしがよろしく、女性陣に囲まれ、いい気分でした。
 だけど、空の器ほど、大きな音がすると説く老子のコトバを思い出し、自身を律し、ここで私だけが注目されては、この場は駄目だと思い、モード・チェンジ。

 周囲の男性陣の中に行き、特に控え目な人と会話していき、肩を叩いて、皆で話しましょうとエスコート。

 私は(メジャーデビューしたプロでも無いのに)ギャラを貰って参加させていただいただけに、いい立場にいましたが、参加者は(特に男は)高いお金を払っているでしょうから(だから普段、金銭苦の私は合コンなどに参加できないのですがね)、盛り上がらないと損。

 その後、某和菓子屋の人達に、店に来てと誘われたり、その頃、本当にヨイショされた(いえ、学生の頃は、それと比べ物にならないほどだったので、比較すると微風ですが)。

 だけど、物事は、点では駄目だと最近思います。
 何か風が吹いても、その時だけで持続しない。

 しっかりと定着したことを続ける方が、信頼関係が出来て、太い仲間にも恵まれることでしょう。
 私は、歌で成功できたわけでもなく、ただの夢太郎だったことでしょう。
 ただ、あるライブハウスで、白人の若い美女から「格好いい」と握手を求められた時には、一瞬、勘違い病がマックスにまで行きそうになりましたが。

 あぁ、ブログネタの「どんな会社、業界の人と合コンしたい?」

 一。神職の皆様。テーブルを囲み、色々とご教示していただきたいと思いまする。
 二。出版業界の皆様。

 ただこれは縁のもの。
 縁があるか否か。
 それは、神のみぞ知るもの。




 
5月4日(日)先勝・甲辰・八白・建・虚・昴・愛知砥鹿神社祭・奈良薬師寺三蔵会・土用明け・11P/テンペル・スイフト・リニア彗星が近日点を通過
5月5日(月)仏滅・乙巳・九紫・建・危・華・新月・端午の節句・神奈川国府祭・立夏(太陽視黄経45°)・みずがめ座η流星群が極大・カシオペヤ座RZが極小・月の距離が最近・月とおうし座17・エレクトラ(プレアデス星団)接近

 「ライター会議」

 題「コトバ和葉派(ワハハ)遊び」

 今回は、陽気な言葉遊びを遊戯いたします。
 幾つかのお題を出しますから、机上かホワイトボードにて思案、公表していただけたら!

 謎かけ問答。
 創作四字熟語。
 ]?(他)
 等を予定。
 詳細(日時)は、
イベントBBSをご参照下さいませ!

 水曜発売「少年サンデー」名探偵コナン
 推理の時間です。
 今回の焦点は足跡。(新章も三週目か四週目ゆえ)ここまでの伏線(ヒント)で謎解きをしろと作者は見えざる声を発していると深読みをし、推測しますに、建物の図面、周囲の細かい説明が無い点から、これまでに提示された物の中のみにヒントありと読み。

 私の読みでは、一時的に新一となったコナンの足跡を含めた六人の足跡の中に犯人の足跡は無いと判断。
 では、犯人は、新一と同サイズの靴で外へ出なかったのか?
 そこで、サンデーを再度眺めていると、救急車の絵に目が留まる。

 足跡トリックの伏線、ヒントが見当たらないだけに、なら細かい論理の積み重ねから導き出されるトリックではなく、一原理のトリックではと頭をめぐらし、ならば、トリックの形状から、車を利用したのではと、着目することに。

 説明すると、おそらく犯人は、屋敷前に車を停めておき、二階ベランダの柵の金棒のひとつか何かにロープか何かを引っ掛けて、それを伝い、上り下りしたのでは?

 ゆえに足跡は不要。
 車は、その後、何台も出入りしているから、誰も轍には注目しないと読み。
 おそらく服部は次週、気付くはず。

 あの化け物のコスプレは、行方不明の男で、犯人は鍵を持つ若い女性(名前忘れ)では?
 コスプレが女性だと、新一は危ないから、作者の視点に立つと、私は、新一の危機(に誰かが駆けつける設定にせぬ限り、いや記憶の戻る設定で決闘もあるかもしれないけれどその確率より無難な確率の)新一を助ける方の説に賭け。

 コスプレの正体は、ヒントないため蓋を開けぬ限り不透明ながらトリックは、いい線いっている気が?

 しかし、今夜、ようやくサンデーを読めましたが、実は夜光虫のアジトのコーナーに立つ際、占術をやる上で縁起の悪い事とどう向き合い、交わしていくか考えながら立った。

 が、今週のコナンを読まないと、続けていることも半端に終わるし、私が推理小説&推理漫画と縁が続いている証拠に、コナンの絵が、強烈に自身を惹きつけ、その蜘蛛の糸にて、私を捉えてしまった。

 おそらくは、これは(ある時期までの)私の命運なのであろう。

 やめたいという気持ちが起きても、縁が切れない。
 自身のコントロールの及ばない、抜けられない忍の道。
 現代の忍者は、推理の風の吹きすさぶ推理の細道を彷徨い続ける。




 
エッセー「人は誰も、人の発狂の心理まで想像できはしない……」

 人間は皆、生き方のプロだけれど、いいやり方を思案して色々と試しても、
 なかなかうまくいかない。

 傷ついた時にも無理に笑顔を強要する社会の中で、その場面に同情する想像力は、種のまま成長できないでいる。
 木を育てる方法を知らない僕等。
 人は、過去を背後に持つから、多くの場面で口ごもり、駅のホームで予定時刻に来る電車にさえ乗れないでいる。

 手紙を紙飛行機にしてみた。
 飛ばす前に、翼を折る。
 挫折した人間の心が、目の前の形に、心の傷を投影していく……。

 人は人を傷つけ、傷は乱を生む。

 一度、感情の高まった人には何を言っても無駄だ。
 自分が絶対だと声を荒げるだろう。

 冷静さを失った時、その加減により、人の身体は凶器と化す。
 が、それは、精一杯の心の叫び。
 何もかもが満たされているなら、そんな形相になることもない。

 多くのトラウマを持つ少年の心に風が吹いている。
 それは、殺風景な風景。
 不幸な人間に近付く者も少なく、孤独の色も次第に濃くなっていく。

 心は歪み、その先は先細る。
 人の幸せに手を伸ばし、他人の垣根に近付くと、棘で手をやられ、住む世界が区分けされていることに気付かされ、下流にいる自分の姿を否応無く見せ付けられる。

 追い詰められた心理を抑制する装置も、人の愛も周囲に必ずあるとは限らない。

 心の中に走る亀裂が、脳を狂わせ、人間を狂気に駆り立てていく極限にまでブルーな時。

 ささいなことでも人は人の言動に反応し、互いを罵倒し合い、悲劇に到る引き鉄を引いてしまうことがある。

 それは、性的な衝動であれ猛烈な嫉妬心であれ、何かの拍子に暴発する散弾銃にも似た激情。

 もしも、その際に、大地へと倒れこむ影があるならば、その瞬間、後悔の二文字が生涯の悪友として、彼のまたは彼女の心を苦しめていくだろう。

 そして、その者が裁かれる時、心の中までを覗く想像力と審美眼を人は持てないまま、多くの判決は下される。

 一度、裁かれる者の過去の心の風景を自身の心に描いて、その恐風の中に立ってみるといい。
 気が狂いそうになったなら、自身の幸せを噛み締める客観性を。

 簡単に発狂してしまうなら、その暗く冷たい風景の中でも耐えに耐えてきた者の心よりは弱いのではないか?

 狂気を抑えてきた者の心よりも。

 裁ける者は、一度、その風景を覗いてみると、慎重かつ正確な判決を口にできるかもしれない。

 人の傷みは、自分も体験せねばわからず、涙の数は人を強くするばかりではなく、人の自虐性を深めていくこともあるだろうから。

 ゆえに、人を裁く者は、人の心の風景に立ち、心を痛めてみた方がいい。

 壊れた家庭や問題のある夫婦。
 そこに産まれてくる命は、歪みやすく壊れやすい。

 陰を持つ子供、それは、生まれる前からある確率で決まっているのだろう。

 ゆえに、生まれる前の家庭の方にアドバイスする機関があってもよいのではないか?

 感情をむき出しにするとどうなるか。
 それを客観視して知ることのできる者は大丈夫だとして、頭に血が上って己を見失う者は、鎖にでも繋がれていないと、歩く狂気となるかもしれない!?

 人の心に風が吹いている。
 強い風。
 弱い風。

 心砕かれる者の罅を少しでも修正できたら、人は、人や世界に対して、もう少し見方を変えるだろうに。
 だけど、誰もその領域に踏み込むことはできず、人は孤独のまま、自己の狭き思考の中で世界への認識を、自己完結してしまうだけ。


 だから、わかりえぬもの、わかりあえぬ者たちに名付けえぬ思いを投げかけ、時に人を傷つける。

 ゆえに、人の抱える恐怖の一つひとつに、名前を付け、それが発生する前後の論理まで教え諭す人がいるならば、自己完結された世界への見方にも、広がりが出てきて、相手の視点にも立てる余裕と英知を養えると私は思う。

 そして、その者が更生し、今度は自身が人を裁く人間になる日が来るかもしれない。
 そして、その時、人種を変えた一人の人間は、他人事のように裁くようになっていく。

 何故なら人は、自身の身に降りかからないことに対しては、誰しも、実感できぬまま、物のように触れる程度でしか関れないから。


 自宅の庭が他人の犬に荒らされれば、年齢や状況により、猛烈に怒る反面、他人の事件には、眉も動かないかもしれない。

 第三者ならば、悲劇の大きさにより計れることでも自身の悲劇は、例え、小さな不運でも全身を震わせて地団太を踏んでしまうのが、人間の心理なのだから。

 だから、誰も怒りに負けた時、自分を冷静に見れなくなる。
 ゆえに、その時の暴走で人を傷つけた際、結果、刑を担うことになっても、自分も悪かったと思うには、相当の時間が必要になってくるものだ。

 他人に厳しく自分に甘く。
 それは人のメカニズムゆえに生じる業。

 裁かれる者と一般市民。
 それも紙一重かもしれない。

 ゆえに、刑罰をより高度なものに高めるには、事が起こる前に、事前想像領域に及ぶような効力を持たせて、その道筋を行きすぎると、こうなると副表示することを用意してはどうだろう。

 日常トラブルの起きるパターンを(四コマ漫画等で紹介した)ステッカーとして、家電や電柱、コンビニの店頭などに貼り出し、そのパターンを脳に記憶させる。

 先進国の人間たちは、日常トラブルに対する感知、見識に対し、いっそう深めなければならない時代に達した。

 大きな戦争の時代は終わった反面、突入したと思われる日常の戦いの時代。


 それが急増する昨今だけに、それに向き合う方法。

 それを真剣に考えねばならない時が来たのではないだろうか? 


 過去に類しない、詳細な法律の時代だけに。


5月1日(木)仏滅・辛丑・五黄・収・斗・奎・京都鴨川おどり・八十八夜
5月2日(金)大安・壬寅・六白・開・牛・婁・奈良東大寺聖武祭・月が天王星の北3゚24を通る・月が赤道通過、北半球へ
5月3日(土)赤口・癸卯・七赤・閉・女・胃・京都伏見稲荷大社還幸祭・下関赤間神宮先帝祭・博多どんたく・岩手駒形神社武者行列・一粒万倍日

 イベント会場に来られたお客様。
 悪夢をよく見ると言われるので。
 私の考案した悪夢祓いの儀式を施させていただく事に。
 まず塩清めの儀。
 悪夢を観た本人の髪の毛を(四十九本は無理なので)、七本(今回は三本)抜いていただき、毛に息を三度かけてもらう。
 そして、樹木の枝葉の一つ(の葉の中央部)に、「獏」と書き、その葉に髪の毛を巻きつける。
 そして、毛先はある形に。

 その樹木に祈りの言葉を唱え、樹木に米を供えて、合掌して離れる。

 次に、蝋燭に悪夢を運ぶ微生物を祓う語を書き、米を供えて蝋を焚き、髪の毛と腹部に向けて北斗を斬る。

 突然、机上の石に手が近付き、熱いとの声。
 もしや、この儀の際、目の前の石に二人の熱が飛来したのだろうか?

 帰宅後、枕を洗うか拭き、枕の下にある物を敷く知恵を授け。
 頭の上に何かポスター類や、魔的な絵類などないかなど聞いておき、呪解きの処方を口頭で授け、儀を終える事に。

 その方が、お墓の事も気になるというので、お墓に埋める御札を書いて、先祖との和合が、数ミリでも進むことを願い手渡し、汗を拭く。

 重い内容の後は非常にノリノリの方が来たので、私もノリの薫葉となりて、陽気にダンス。

 数時間後。
 危ない人が前に座ったので、ここは仮面を被らねばと、仮面ライダーじゃなく仮面Aモードに。
 危ない人は、絡み好き。
 ドンドンドンと、人間花火の炸裂だ。

 うららうららうらうらら、ここは温羅じゃの祭りの地。
 うらうらうらと、蝶になり花となり交わしていこうホトトギス。

 あぁ、思った通り、財布落とした作戦ですか?

 財布を捜して東奔西走。
 大騒ぎするけど、最初から払う気はないのら。

 ゆえにブログネタの「最近損したと思ったこと教えて」は、そのお客様のモードに振り回された事。

 と、普通なら、ここで終わる。
 しかし、内心、これ以上関わりたくないから帰ってほしいと思ったけど、頭がよく回り口が勝手に動いてしまい、その言葉の中に名言でもあったのか?

 そのお方、マジな顔になり。
 それまでの不真面目モードが、真面目モードにチェンジアップしてきた候。

 結果。一時間ほどして、又戻ってきて、財布があったと、改心したような顔でお金を投げてきた。

 金を投げるなと内心叫び、お言葉では、探しましょう、見つかるまではあきらめずと、標語のような語を口にしていた。

 結果。損を免れることとなりました。
 だけど、この方と対面した事は、決して得なことではないため。
 やっぱり今回のケースは、ブログネタのゾーンから逸れていないと、五月晴れ。

 今後も私は、標語で闘うべしと思い、夕日に向かって、アクセルを吹かす。

 心の竹刀を振りながら。




 





 





                            


                                    
☆創作棟


                                   時空トンネル

                    (時空トンネルの扉を開くと、時空転送装置が作動。
                           時空トンネルを通り抜けて、地球圏へと瞬間移動いたします)



                                                                                     


                                 

                                    

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